急速に起こる技術革新や市場変化などを背景に、ビジネス環境は日ごとに流動性や複雑性を増し、競争は国際規模で激化している。ニーズや課題も多様化するなかでは、顧客が本当に求めるものを的確に捉え製品や事業開発に反映させていかなければならない。そこで注目されている課題解決のフレームワークがデザイン思考だ。イノベーション創出や新規事業開発といった高付加価値の課題との親和性が高いとされている。
そもそも「デザイン」とはどのような意味か?
「デザイン」という言葉をきいて、最初に色や形を組み合わせて図柄を作成するというイメージを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。しかし、「常にヒトを中心に考え、目的を見出し、その目的を達成する計画を行い実現化する一連のプロセスだ」※と日本デザイン振興会が定義しているように、デザインには企画の立案や設計といった意味合いも含まれている。
新規ビジネスを企画する「ビジネスデザイン」という言葉があるように、ビジネスにおける「デザイン」とは何なのか?それは、顧客を中心として製品や事業の目的や意味を見出し、ブランディングやプロモーションなどの活動に落とし込んでいくことだと考えられる。
デザイン思考(デザインシンキング)の意味とは?
デザイン思考とは、ユーザーの視点に立ってビジネス上の課題を見つけ、解決策を考える手法を指す。デザインシンキングとも呼ばれる。
デザインを生業とするデザイナーは、顧客視点から課題やニーズを探り、解決策を具体化させる思考プロセスを踏んでいる。未知の課題に対し、適切な解決策を求める思考方法となっているのだ。このようなデザイナーたちの暗黙知を形式知化させたのがデザイン思考である。クリエイティビティに富んでいるだけでなく、本質の課題発見や、顧客ニーズに即した企画の立案が誰でもできるように設計されている。
イノベーションの創出が課題となっている日本企業において、経営やマーケティングにデザイン思考を取り入れる事例が増えている。多数の大手企業が協賛し、次世代を担う社会価値創造人材の発掘や育成を目的としたイベント「デザイン思考フェス」が毎年開催されていることからも、デザイン思考への注目度の高さや、デザイン思考ができる人材の重要度の高まりがうかがえる。
「デザイン思考」の意味や注目されている背景とは
「デザイン思考」とは、デザイナーやクリエイターが業務で使う思考プロセスを活用し、前例のない課題や未知の問題に対して最適な解決を図るための思考法だ。英語では、Design Thinkingと表記する。
「デザイン思考」には、3つの特徴がある。
(1)問題解決に向けて最も重きを置く要素は、ユーザーの「共感」、「満足」である
(2)問題の定義付けと解決意図を明確にした上で、アイデアの創出と組み合わせの試行錯誤を繰り返しブラッシュアップしていく
(3)バイアスや固定観念を取り去り、前例にも捉われない
・「デザイン思考」が注目されている背景
「デザイン思考」が注目されている背景としては、市場構造の変化がある。これまで、製品やサービスなどを開発する現場では、マーケットやユーザーニーズを調査し、仮説を設定・検証して製品を開発するという、「仮説検証型」のアプローチが主流であった。
ただ、変化が激しく予測困難なVUCAの時代では、このスタイルがもはや通用しなくなってしまっている。リサーチを行っても、課題の本質を迅速に捉えることが難しい案件が急増しているのである。また、急速な技術革新により、社会構造が大きく変化していることも見逃せない。それらの結果として、イノベーションを導きやすい「デザイン思考」がクローズアップされていると言える。
・アート思考との違い
「デザイン思考」と混同しやすい言葉にアート思考がある。実は、この二つはいずれも、アイデアを創出するためのものだが、明確な違いがある。「デザイン思考」で基盤になるのはユーザーニーズであり、すでにある製品やサービスをさらに進化させる場合に有効だ。一方、アート思考で起点となるのは自分が持つ自由な発想である。ありえないことも含めて発想するので、誰もが思いもつかなかったアイデアを生み出すこともあり得る。どちらが良い、悪いではなく、目的やシーンによって使い分ける必要があると言えるだろう。
「デザイン思考」の5つのプロセス
スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所では、「デザイン思考」を実践する際には、以下5つのプロセスを踏んでいく必要があると提唱している。
(1)共感(Empathize)
「デザイン思考」は、まずユーザーの共感を得ることから始まる。具体的には、インタビューやアンケートを行ったり、観察したりすることにより、ユーザーが何に共感しているのか、本当に求めているものは何かを見つけ出していく。ここで、注意しなければいけないのは、聞き取ったユーザーの意見を鵜呑みにしないこと。ユーザーがどういう想いでそう回答したのかという、本音をしっかりと探り出す必要がある。
(2)定義(Define)
ユーザーの「共感」をヒントに、ユーザーのニーズを定義する。本当は何を実現したいのか、潜在的な課題は何なのかを深掘り、抽出していく。なかには、ユーザー自身でもまだ気付いていないニーズもあるだろう。言語化されている背景にあるユーザーの想いも分析していきたい。それができれば、目指すべき方向性やコンセプトはかなり策定しやすくなるだろう。
(3)概念化(Ideate)
ユーザーが実現したいこと、ユーザーのニーズを定義できたところで、ブレーンストーミングなどの手法を用いて、それを解決するアイデアやアプローチ手法を話し合っていこう。ここで大切なのは、質ではなく量を意識することだ。制限を設けずアウトプットするようにしたい。
(4)試作(Prototype)
アイデアが固まったところで、次はチームの支持を得たものの試作品を作ろう。時間やコストをできるだけ掛けずに、取りあえず一度形にしてみる。そうすることで、新たな視点や問題点に気づくことができる。
(5)テスト(Test)
試作品に対するユーザーテストを繰り返し、フィードバックされた意見を参考にブラッシュアップを図っていく。定義したユーザーのニーズや概念化、試作などが正しかったのかを確認し、より精度の高い製品やサービスを創り上げていこう。
これら5つのプロセスは順番に行っていかなくても良い。同時並行でも、行ったり来たりでも構わない。包括的に捉えることが重要と言える。
「デザイン思考」がもたらす3つのメリット
「デザイン思考」を実践するとどのような効果がもたらされるのであろうか。ここでは、3つのメリットを取り上げたい。
(1)イノベーションの創出
「デザイン思考」は、従来のような市場中心型のアプローチではない。ユーザー中心設計の考え方だ。ユーザーのニーズと向き合い、課題の本質に迫っていくものであり、全く新しいアイデアが生まれやすくなると言って良い
(2)多様な意見の受容
「デザイン思考」では、多様な意見を受容することが要求される。それぞれの意見に向き合い、合意形成を図っていくなかで、画期的な視点や発見を得られるからだ。多様性が重視される現代において、こうしたスタンスが社員に広がっていくのは好ましいと言える。
(3)チーム力の強化
「デザイン思考」はチームのメンバー同士でのコミュニケーションに重きを置いている。また、思考を進めるための5つのプロセスにはメンバー全員が参加し、役職や上下関係に関わりなく自由かつ公平に発言できる。自ずと、チームに対する貢献意識も高まるのでチーム力の強化につながるというわけだ。
まとめ
顧客の抱える課題を深く理解し、課題解決のためのアプローチを行うデザイン思考は、新しいイノベーションや新規事業創出に有効である。デザイン思考をうまく活用するためには、顧客に寄り添い共感し、顧客課題の解決策となるアイデアを見出すことが重要だ。
「デザイン思考」は、デザイナーやクリエイターだけに必要な問題解決方法ではない。「ユーザーの共感や満足感を得られる製品やサービスを生み出したい」、さらには「ビジネスをもっと豊かにしたい」と願っている、すべてのビジネスマンが取り入れるべき思考法と言って良い。事実、世界的な企業も、MBAトップスクールでも、その必要性を説いている。「デザイン思考」は、決して難しいアプローチではない。本記事で紹介した5つのプロセスやフレームワークなどをインプットしながら、ぜひ実践していただきたい。